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鞄に辞書までつめこんで2020.03.17

電車に乗っているとき。

 電車に乗っているとき。

ぼんやりと外の景色を見ているのが好きだ。
 
外の景色は私が歩く速さと変わらない時間が流れているのに、
私はその何倍ものスピードでその景色を追い抜いていく。
その、心地よい違和感が好きなのだ。
 
自宅の最寄り駅から発車すると、しばらくは住宅街が続く。
いちばん目に入ってくるのは、誰かの家のベランダだ。
 
自分の足で歩いているとき、
誰かの家のベランダに干してある洗濯物を
その家が視界に入ってから通り過ぎるまでじっと見つめていたら、
わりと怪しいやつでしかない。
 
でも、電車の中から見ているだけなら、誰もそんなことは思わない。
一瞬の出来事だから、
私もプライベートな情報まで手に入れることはできないし。
 
大体はカーテンが閉まっているだけなのだけど、
たまに変化があるのが面白い。
 
誰も見ていないと思って、パンツ一丁でベランダに出ているおじさんがいたり。
(もしかしたら、誰か見ていてもパンツ一丁なのかもしれないが)
向こうも、線路を走る電車を見つめながらタバコを吸う人がいたり。
ものすごい量の私物が部屋の中からベランダまで溢れている家を発見したり。
 
あとは、ヒールで歩道を歩いていて、
うっかりこけちゃった女性の瞬間とかも見かけたりする。
 
「ごめんなさいね、うっかり見てしまったわ」感があって、それもまた面白い。
彼女の脚は無事だろうかと心配するヒマもなく、あっという間に見えなくなる。
 
一駅分の車窓から、いろんな人の「一日の風景」が見えるのは、結構楽しい。
電車の速度だから、最低限の情報だけが視界を駆け抜けていくのも丁度いい。
 
まるで、ケルト音楽の静かなBGMを視覚化したような。
……と言えばかなり聞こえがいいが、そんな日常を邪魔しない心地よさがある。
 
「たまには遠くの景色でも見て視力回復を試みるか」
と思ったのがきっかけだったはずなのに、
結局近場に視点の照準を合わせているので、
本来の目的は果たせていないようにも思うけれど。
 
もし、近々電車の車窓近くに立つことがあれば、
あなたも「パンイチのおっちゃん」を探してみてはどうだろうか。
時間にもよるだろうけど、案外いる。割といる。
休日の10時頃から昼過ぎにかけてが特に多い。
 
もちろん、住んでいる場所にもよる。
見つからなかったら、その街はきっとお行儀が良い街だ。
住んで正解だと思う。

中尾 奈津子

中尾 奈津子

1988年/大阪府大阪市出身/大阪デザイナー専門学校イラストレーション学科卒業
求人広告業界で約5年間、広告設計やデザイン、コピーワークを手がけ、Rockakuへ入社。得意分野は採用に関すること全般。だるまや信楽焼など、めでたいものが好き。自分もめでたい存在になりたい。

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