架空の壁

「知らない」と言うことは、
マイナス方向でのイマジネーションを刺激する・・・らしい。

現在関わっている現代美術がらみの案件で、
ギャラリスト(美術商)さんとこんな会話になった。

その場にいたのは4人。
ギャラリストとその共同経営者(本業はCD)、
エディターと私だ。


エ「絵の買い方って、ちゃんと説明した方がいいですよね」
ギャ「買い方?」
CD「買い方?」
エ「いや、だって、買ったことないから知りませんもん」
私「確かに」
ギャ「買い方も何も・・・値段聞いてもらって、契約するだけです」
CD「うん。そんだけだね」


私とエディターはちょっと驚いていたのだ。
そこに複雑なやりとりが介在しないことに。


私「紹介状とか、会員制度とか、そういうのはないんですか?」
ギャ「ないよ。ふつうに買うだけ」
abogado.JPGそう。
「知らない」という事が、そこに壁をつくる。
紹介状や、会員制度といった、自分を遠ざける「架空の壁」を。

結局、未知のものには関わらない。
関われないのだから、踏み込まなくていいだろう。

そういった消極的判断の理由を勝手につくってしまうのが人間だったりする。


非常に貴重な示唆を得た気がする。
コピーの、プロモーションの役割は、
要点を主張することだけではないようだ。

まずは、知らせる。
明確に、丁寧に、注意深く、紳士的に。

「架空の壁」は、センセーショナルなフレーズや、
派手なデザインでたたき壊せるものではなく、
まっすぐな言葉で、ふっと、息を吹きかけるように
取り除くしかないからだ。


ド根性クリエイティブ

拙い文章、陳腐なフレーズ、乏しい語彙を嘆く前に、
それでも書き続けることが大切なんだ。と、改めて思う。

拙さ、陳腐さ、乏しさにまみれて、吐き気や徒労感に取り憑かれても、
それでも書く。表現する。自分の仕事を続ける。
その向こう側にしか成長なんてないんだと。

「売上本意」を掲げる自分としては少しロマンチックな話だけど、
そういうまっすぐさとか、泥臭さがないと、
この世界、前になんて進めない様な気がするのだ。

いま手がけているコピーライターの仕事も、
ディレクターの仕事も、プロデューサーの仕事も、
そういう「ド根性」の要素は少なからずあって、
でも、それを口伝することはすごく難しくて・・・

これから仕事を広げていくために、
たくさんのアシスタント&パートナー候補と会っているけど、
話をすればするほど、自分が「仲間」に求めることが、
こういうひどく曖昧な要素なのだと気づかされる。

いやあ、本当に難しいですねー。
スイマセン。あんまりオチとかはないです。


スーパーのネーミングセンス 〜オールスター皆殺し事件

夕食の買い物に出かけて妙な商品表示を発見。

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まあ、よく見れば言いたいことはわかるんだけど。

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なんか、そこにある"よくわからない工夫"って、
いったい何なんだろうなあ。


公募、負けました。

2008 新聞広告クリエーティブ
テーマ「愛 LOVE」

負けちゃった案をこっそり公開。
でも、しのぶ氏との制作はすげえ楽しかったので、わりと満足。
たまにはこういうのもいいかもしれない。

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AD、D:大田忍
CD、C:森田哲生(Rockaku)


ことばのしごと

まあ、なんというか。
どれだけクリアに、
どれだけ肉迫できるか。

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はなしはそんなに簡単なことではないけれど、
そんなに複雑に考えても仕方がなかったりする。

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バカだと思われる覚悟は、
常に求められると思う。