「!」はコミュニケーションに不可欠だと思う。

プレゼントしたり、人にモノを教えたり、コピーを書いたり。
僕の仕事は、一言で言えば「伝えること」です。

企画の提案でも、コピーライティングでも、
居酒屋でのバカ話でも、どんな場面でもそうですが、
「伝える」の重要な要素のひとつに「驚かせる」があると思うのです。

そんな突飛なことをする必要は無いわけですが、
小さな「!」を上手く挟み込めるかどうかは、
どんなコミュニケーションでも非常に
重要になってくるのではないでしょうか。

先日、近所のデザイン事務所のヤングに、
お料理を教えるという機会があったのですが、
そこでとっても好評いただいたのが「トマトの湯むきショー」でした。

「湯むき」ですが、湯は使わず、ヘタをくりぬいて、
くりぬいた箇所からフォークを刺し、コンロにかざして直火で焙ります。
そうすると、皮がはじけて、いとも簡単に皮が剥けるんです。

その意外性とか、アクションの中に、
「!」が上手く挟み込めたから、
ヤングは僕のお料理に興味を持ってくれた様に思います。
なんだかすごく感動してくれたみたいで、
こっちまでちょっと感動しました。

多分、何だっていいんですよ。
ブロッコリーに熱湯をかけたとき、色が鮮やかに変わること。
鰹だしが意外にもトマトとマッチすること。
視覚や味覚に訴えかける「!」は、
積み上げた理屈よりも何倍も魅力的で、訴求する力がある。

そんなことを学ばせてもらいました。


あるギャラリストの言葉

「性格のいい人が伸びますよ」

とある仕事でお会いした、
ギャラリスト(昔風に言うと画商さん)のひとことが、
なんだか、すごくズシンと響いた。

国内外の美術館に作品が所蔵されるクラスの、
「メジャー級」アーティストをマネジメントする人の、
生の言葉だ。
これは、単純に「いい人」と言う意味ではなく、
モノゴトに臨む姿勢の真摯さ、の様なニュアンスだろう。

「美術品を扱う以前に、生きた人間と向き合う仕事ですからね、
 それはもう、大変なんですよ」


はい。
ただただ、圧倒されて帰ってきました。


リライトの奥深きコトよ

リライト=つまりは書き直し。
Rockaku創業当時から、とても大切にしているお仕事です。

ふつう、「文章の書き直し」と聞けば、えらく地味な仕事を連想するでしょうが、
どっこい、コレはコレで、高いクリエティビティと理解力を要求されるんですよ。

とにかく、そこにはクライアントが何かを伝えたくて構成した、
文章や言葉、メッセージがある。
でも、テクニカルな問題から、その目的が上手く果たせない。
それを正しいかたちに直すことがリライトの役割です。

現状「伝わりにくい状態」のメッセージを正確に理解して設計し直す。

クライアントが書いた言葉を一度、言葉になる以前の「思い」に還元し、
その「思い」の最適な伝え方を模索した上で再構築する。
それがRockakuの考えるリライトです。

だから、Rockakuのリライトは、
必ずしも文章で出力しないこともあります。

写真やイラストでもいい。絵本や漫画だっていい。
そのメッセージがきちんと伝われば、
それが正しいリライトなんだと思います。

結局の所、サイトのリニューアルや、CIの見直しなんかも、
ある意味、リライトと同じ作業なんですよ。

うんうん。
そんなわけで、またもや正統なライター道からは若干はみ出た見解。
でも、リライトされた構成物をみたクライアントの笑顔から、
「共感」と「安心感」を感じ取れる瞬間があるから、
これで正しいのだと考えていたりします。


「用」が「かたち」と出会うとき

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とあるインテリアデザイナー氏が言った。

「駅の手摺に点字が貼ってあったりするじゃないですか。
 あのデコボコでね、たばこを消しちゃうヤツがいるんですよ」

この話を聞いたとき、自分を含め、
その場にいた全員が同じ反応を示した。

「ひどいヤツがいるもんですねー」

でも、デザイナー氏はそれを遮ってこう続けた。

「たしかにそうなんですけどね。
 僕らデザイナーはそこで終わっちゃいけない。
 そこには、人間にとって、たばこを消しやすい
 かたちがあったってことに目を向けなきゃいけないんですよ」

目から鱗だった。
ひときわ大きく頷いてしまった。

「ゴミ捨て場でもないのに、ゴミが捨てられて溜まる場所の姿を知ってこそ、
 秀逸なゴミ箱が生まれたりするんじゃないかって。そう思いませんか」

たしかにそう思う。
「たばこを消す」という「用」が、点字の凹凸という「かたち」に出会って、
新たな機能が生まれてしまうこと。

道徳的には本当にひどい話ではあるのだけれど、
そこには道徳や制作者の意図を超えた「流れ」と、
デザインの「芽」の様なものがあって、
「ひでえ」という良心的意見を度外視したくなる、
エキサイティングな何かを感じてしまった。

人間は、無意識以上、工夫未満の領域で、
「なんとなく」動いてしまう瞬間がある。
それはひどく生理的で、ごく自然な肉体的動作の
流れの中で起こるものだろう。

その中にこそ、デザインの源泉が潜んでいる。
そんな風に思わされてしまった。
そんなお話 in 白木屋/全員30歳超えたオッサン


ちょっと新しい撮影スタイル

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住宅会社のブランドブック制作のため、
北海道は東室蘭へ行って参りました。

今回はクリエィティブディレクターとしての参加。
企画立案から構成、コピー、スタッフのアサインまで全てやってます。
アートディレクターはセルディビジョンの"裏ボス"こと、O女史。
カメラマンはタマビの同期でもあるK女史。

全員30歳の同級生組が、
絶妙なコンビネーションを発揮!
撮影中、新たな手法を編み出しました。

僕がコピーを朗読しながら、
事前にスケッチを描いているO女史と
K女史が、画角や露光の微調整を重ねながら、
イメージと合致する写真をつくりあげるスタイル。
これは意外にもはまって、なかなかいい仕事ができたと思われます。

さあさあ、これからフィニッシュへ向かってスパートかけますぞ。