イベント告知!! 『ねじ山』出演(?)決定!!!

ひょんな事から、こんなイベントを開催する運びとなりました。
nejiYama_500_470.jpg詳細・エントリーはコチラ

言い出しっぺはAR三兄弟の"長男"こと、川田十夢氏。
ビジュアルデザインは「プロトタイプ1000」の佐藤ねじ氏。
取り仕切りは、気鋭のクリエィティブ・コネクター・ユニット(今考えたカタガキ)、
「SCHEMA(スキーマ)」の2人。
「CLIMBING FOR BEER!」は、僕が考えたスローガンです。

当日は面白法人カヤックさんの面々や、
電子楽器「ウダー」開発者の宇田道信氏など、
かなりの面白陣営が集団で高尾山のビアガーデンを目指し、山をよじ登ります。
皆様、ご家族お誘い合わせの上、きたってください。


「P to P」に向かわないために。

「P to P」
とある会議中に出てきた言葉です。

広告や販促ツールは、
企業から生活者に向けたものを「B to C」=Business to Consumer
(例...チラシとか電車の中吊りとかダイレクトメールとか)と、
企業から企業に向けたものを「B to B」=business to business
(サーバのパンフレットとか、建材のカタログとか)とに大別されます。

一般的に「B to C」の表現の方がイメージ重視で柔らかく、
「B to B」の方がスペック先行で硬派って感じです。
(すんごくおおざっぱだけど)

で、「P to P」。
これは「professional to professional」を意味します。
つまりは、玄人受けってことです。
最初からそう言えという話もありますけどね。

WEB業界と、コピーライターの世界に顕著なんですけどね。
一部のクリエーター達が走る、
「賞狙い」とかって言われる、あの感じです。

先進的なシステム、大胆なアクション、奇抜なフレーズ・・・
面白いし、目を引くけど、ふと冷静になってみると、
誰に向かって何を訴えているのか、ちょっと「?」なクリエイティブ。
もちろん、「話題性」自体が目的として設計されているわけですが・・・

僕にとっての「賞狙い」って言葉は、
数年前まで「ひがみ」が多分に含まれていました。
それは認めます。
広告賞なんて、自分とは関係のないような、
華やかで遠い世界のように見えたからです。

でも、今は違います。
目の前にいる家族や友人、一緒に仕事をしてくださるクライアント。
自分と同じ世界を生きる、「ふつうのひと」たちに伝わる言葉とデザインを求め、
日々、七転八倒して、自分の戦う場所を「そこ」だと決めた今は、
まっすぐに、胸を張って、「P to P」ではイカン!と言えます。

折しも時代は未曾有の不況。
クライアントの大切なお金、
盟友とも言うべき制作会社の人員を預かることが、
ディレクターである僕の仕事だったりします。

自己満足なんて許されません。
そもそも、そんな仕事に満足なんて出来るはずもないわけで。

自分の会社の広告に少しでも「?」をお持ちの企業の方、
その広告が「P to P」に見えたら、
ちょっと再考してみるのもいいんじゃないでしょうか。


コピーライターが「広告」を離れる日

最近、仕事をしながら感じ取った「空気感」みたいな話ではあるけれど、
レガシーな意味合いでの広告業界が、
キケンな状況であることはヒシヒシと伝わって来ている。

そして、コピーライターの仕事はもう、
多くは残されていないんじゃないかとさえ思える。


かつての金鉱だった「広告」という山は、
もう、疲弊して、すっからかんに近い状況...なんて言ったら、
言い過ぎだけど、もはや大広告会社の一部の人間くらいしか、
純度の高い金脈を握ることなんて出来ないかも知れない。
じゃあ、名も無き採掘者である多くのコピーライターたちは、
いったいどこへ行くのだろうか。

不況で企業の広告費がカットされているなかで、
中小の制作会社がつぶやくのは、
「景気さえ回復すれば...」なのかも知れないけど、
一度崩壊したものは、景気と関係なく、
元のようには戻らない様な気もする。

や、遠回しな言い方は止めよう。
下がった(下げたとも言うけど)単価はそう簡単にもどらねえっっっっ!


これから先、創立10年くらいの制作会社は、
相当に厳しいのではないだろうか。
10年前の業界を知っていて、
10年前のやり方をベースにしているというのは、
なかなかに厄介だと思う。

現在が異常で、過去が正常。
だからいつか回復する。

今、閑古鳥の声を聞いている制作会社は、
そう信じているだろうけど、どーだろうか。

こちとら、100年に一度の不景気のさなか、海に放り出されて、
ビート板でこぎ出したような人間なので、
「そのうち元に戻る」なん発想がハナから無い。
というか、戻るべき「元」なんて、知りもしない。
出来ることは、とにかくバタ足を続けて、
生き残れる島と交易する手段を模索するだけだ。

おかげさまで、いい島がたくさん見つかって、
ビート板も、ようやっとポンポン船くらいにはなっただろうか。
自分で言うのもなんだけど、調子は悪くない。

で、気づくことは、僕が見つけた島には、
広告を求める人がほとんど無かったということだ。
広告よりももっと手前、根っこの方にある、メッセージをつくる力。
それが、交易のカギであるように思う。

カンヌでオバマのプロモーションチームがチタニウムを受賞したことは、
なんだか、時代をばっさりと物語っている。
いま、コピーライターという技術者が生き残るカギは、
広告という鉱山から離れて、ものを考え直す所にあるような気がする。

ある時はWEBの情報設計に携わり、
ある時はクライアントのセールスマニュアルに関わり、
ある時は経営者直轄の相談役を務め、
ある時はデザイン事務所のストレージとして立ち回る・・・


本気で食えなかった頃、自分の技術の応用と換金のことばっかり考えて来たから、
もはや節操なんてものは持ち合わせていない。
少なくとも、僕はそうしてしか生きられなかったし、
実際、そうして生き延びてきた。


矛盾しているようだけど、「伝える」という職能として、
コピーライターは大きなアドヴァンテージを持っている。
技術としての価値は突出していると言えるし、
他の職種に簡単になめてもらっては困るのだ。

むーん。結果論ではあるけどさ、
無名のコピーライターが広告から離れて、
独自の道を歩めるスキームをつくることが、
Rockakuの通ってきた道だし、今後の展開のカギなんだと思うんですよ。

まだ内緒だけど、1年以上かけて、じっくりと準備してきたことが、
ようやく実を結びそうな状態にあります。

最高に地味で、実は新しい。
コピーライターが生き残る道を、僕はつくりますぜ。

(まとまりの悪い長文だなや)


現実的な力

約2年ちょい「Rockaku」という得体の知れない個人事業を回してみて、
痛切に感じることは、世に蔓延する、生き残ることの困難さだ。

「逆風産業」とでもいうべきか、
不況=弱小フリーランスにとっての希有なチャンスであって、
リーマンショック以降、急激に生活が楽になった身分としては、
そこんところ、かなり対岸の火事だったけれども、
正直、どーだろう...という事態を数多く目の当たりにする。

まず、ウチに「新卒」の応募が来る。
いやいやいや。募集すらしてないぞ。
「就職氷河期」なんて、
もはや冷え過ぎちゃってなんだかわからん状況なんだろう。
なんか、大学生も大変だなあと思わざるを得ない。

一番驚いたのは、5年前に辞めた、けっこうおっきな会社の営業トップから、
いきなり電話がかかってきて「仕事無いか?」と問われたこと。

「ああ、おれもそんなレベルになったか」なんて、
感慨に耽るどころじゃない。
「態度がでかい! 服装が汚い! 社内で帽子をかぶるな!」と、
僕を怒鳴っていたオッサンから、そんな話を聞くと、
「やばいやばいやばいやばいやばい」という、危機感だけが、
ひしひしと伝わってくる。

こうなってくると、はっきり言える。
この時代、どんな才能より、
「仕事をもっている」「仕事をつくれる」という、
極めてシンプルでシビアなパワーが勝つ。
それがなきゃ、生き残れない。消えるだけだ。

あんまりにも現実的で、
夢も希望も無いような言い方だけど、
そんな状況だからこそ、僕のような凡人さんでも、
勝ち目が見えるってもんじゃないすか。
ふんがあ。


モリタ君とグラフィックデザイン

編集者時代、DTPドカチンディレクター時代、
そしてコピーライター時代。
んで、ディレクター業も増えた昨今。

一度も「デザイナー」という職種を経験していないけど、
ときには発注者として、ときには管理者として、
ときにはブローカーとして、
「グラフィックデザインを見る」という仕事を、
幾度と無く繰り返してきた。

未だに、よいデザインを生み出す公式とかは、
サッパリわからないけど、自分なりに、
信じてもいいと思える基準が、
少しずつ出来上がりつつあったりもする。

その一つが「安定感」だ。

上手く設計出来ていないデザインは、
レイアウトされた文字、画像がふわふわしている。
カンプを揺さぶったら、パーツがぽろぽろ
落ちていきそうな「不安定」さがある。

その「不安定」の構成要素は、
文字の詰めだったり、写真のトリミングだったり、
色調だったり、余白だったり、視線の設計だったりと、
非常に緻密で、ピックアップしていくのは大変なんだけど、
直感的にふわっとしているかどうか、
ここはけっこう重要なんだと思っている。

逆にいいデザインは、
それがどんなにメルヘンであっても、
ガーリーであっても、ファンシーであっても、
どこか「どっしり」とした安定感があって、
目を通しただけなのに、安心させられるものがある。

・・・という感覚、
どれほどの人に共感してもらえるんだろうか・・・