2009.03.28
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2009.03.10
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奇数な人生
人生、
2で割り切れないことばかりだよ。
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いやね、例の映画の「数奇な人生」っていう邦副題、
いくらなんでも工夫なさすぎじゃないかと・・・・
2008.10.07
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からだだけが、覚えていたこと。 (過去のテキストを加筆)
別に、実家に帰ること自体は珍しいことではなかった。
しかし、昼間に近所を歩いたのはかなり久しぶりだった。
小学生の頃使っていた通学路を、そうとは意識しないまま歩いていた時、
コトは起きた。
歩道をごく自然にまっすぐ歩いていたはずなのに、
前へ進むべき右足が、いきなり右斜め方向に動きだしたのだ。
左足もそれを追従し、一歩、二歩、三歩・・・
ついには歩道の段差ギリギリのところまで来ていた。
なぜだか、両手が肩の高さまで上がり、頭を抑えようとしている。
「からだが勝手に」何かに警戒し、何かをさける体勢を取っている?...
自分のからだの事なのに、ひどく客観的にしかとらえることが出来なかった。
違和感を全く感じない動作であるが故に、ジワジワと広がる遅効性の違和感。
「ゆわんゆわん」という、痛みのない偏頭痛のような感覚が襲いかかってきた。
自分のからだが、いったい何をはじめたのか...
その答えを見いだすには数秒の時間を要した。
「あああ」
声にならない奇声。
つながった記憶の回路が、ノイズまみれの映像を映し出す。
そこには昔から、よく吠える犬がつながれていたのだ。
自分は犬の吠える声が苦手な子供だった。
犬がいる箇所では必ず耳をふさぎ、間合いを取っていた。
そのことを、からだだけが忘れていなかったのだ。
このとき初めて、そこが通学路だったことや、
自分が犬嫌いだったこと等を思い出すに至った。
続けざま「通学路」と「犬」を取り巻く、
膨大で些細な記憶があふれ出す。
次第に強まる「ゆわんゆわん」。
「ああああああ」
足下がふらつきかけたとき、不意に正気に戻してくれたのは、
主をなくした鎖と首輪、そして空っぽの犬小屋だった。

