【ろっかく怪談.01】青いゴム草履

小学校3年生か4年生くらいだったと思います。
当時、親父がアウトドアに凝ってまして、
夏休みといえばキャンプという感じが何年か続いていました。

森田家は東京なんですが、
母の実家が栃木にありまして、
母の帰省のついでに
日光のキャンプ場へ行くというのが、割と定番でした。

思えば、帰省に合わせているわけなんで、
ちょうどお盆なんですよね。
そう考えると、なんとなく「あるかもなあ」
みたいな感じはあります。

その年のキャンプは
中禅寺湖のほとりでやることになっていたんです。

ところが到着するなり、僕はご機嫌斜めでした。
一週間前の台風で湖が増水してて、水に入れないんですよ。
妹はカナヅチだし、弟はまだ小さかったから、
まあ、泳ぐのが好きな僕一人だけががっかりしましてね。

そこで親父が一計を案じて「テツオよ、散歩に行こう」と。
僕の首に自分が愛用しているキャノンのEOSを
ぶら下げてくれてたんですよ。

僕自身、父に連れられ小学校低学年から
南アルプスを歩き回っていたくらいで、歩くのは嫌いじゃない。
しかもカメラ好きの父の影響で、写真もよく撮っていたんですね。
だから、まあ、二人で写真を撮るのもいいかと思って、
くっついていった。

このEOSってのは、
現在でも一眼レフの入門編みたいな感じで、すごく使いやすい。
まだ当時は珍しかったオートフォーカスの作動音や、
レンズの動きも含めてすごくわくわく出来るカメラだったんです。

親父もまあ、少ない小遣いをやりくりしつつ、
ちょいちょいカメラを買ってたけど、
その頃のお気に入りだったみたいで。
僕は滅多に触らせてもらえないシロモノ。
そこにきて、EOSの使用許可が下りたことで、
偉くテンションが上がったわけです。

「このフィルム一本分は自由に使ってヨシ」と、
24枚撮りのフィルムを与えられて、
野草、鳥、湖、その向こう側の山並みなんかを
パシャパシャやりながら、ほとりの林の中を進みました。

左手に湖。右手に林。
で、木で出来たハイキングコース、
いわゆる「木道」ってやつが湖沿いに伸びてる。
そこを15分くらいかな。二人で歩くわけです。

道は林の奥に入ったり、水際までいったりと曲がりくねっていて、
たまに湖の波打ち際のチャプチャプという音が聞こえたりもした。

ちょうど、林が開けて、
湖面が見える様な場所にさしかかったとき、
「パシャッ・ウィイィィィィィー」
24枚撮りのフィルムが終わり、
自動巻き戻しがはじまりました。
と、同時に、親父と僕はあることに気づき、足を止めました。

「テツオ・・・線香のにおいがしないか?」
「し、しないよ」
いや、していました。
しかもちょっとたなびく煙も見えてました。

急に寒くなったのは、雰囲気のせいだと思いますが、
親父は僕の反応を見て、にやにやしながら木道を下り、
煙の発信源である湖畔に向かって歩き出します。
一人にされるのだけは勘弁なので、仕方なく後を追うと、
線香の煙とにおいはいよいよ否定しようもなく、
濃厚なモノへと変わっていきました。

と、親父が波打ち際で何かを見つけて立ち止まります。
「テツオ・・・これ・・・」
親父の視線を嫌々ながら追うと、そこには、
小さなほこらの様なモノがあって、
中に、紙とも布とも判別がつかない、
ぼろぼろのカタマリがおいてありました。

正直、見るのも嫌だったんですが、
そのカタマリ、どうやら頭と胴体と手足があって、
ほこらの中で両足を投げ出して座っている感じなんですね。

夥しい量のお線香と花、お菓子や小銭。
ついさっき、誰かが供えたようなものから、
すでに朽ち果てたモノまで、降り積もるように置いてありました。

その様の不気味というか、迫力というか、
立ち去りたいのに立ち去れないんですよね。

「・・・人形・・・だったのかな・・・」
親父の言葉でようやくわかったのですが、
それは、人形の心材なんですよ。
服も肌も朽ちて、最後に残った、"人形の骨"のようなモノです。

「よくはわからんけど、子どもが死んだのかな。この湖で」
親父は呆然としながらつぶやいて、手を合わせました。

今思えば、こうして子どもを祀る人がいるとすれば、
それは親父と同年代で子どもを失った人で、
親父なりに思うところあっての行為だったと思いますが、
僕にしてみりゃ嫌がらせ以外のなにもでもない。

「は、はやく帰ろうよ」
「そんなに急ぐなよ」
親父の腕を引っ張って、きびすを返そうとしたとき、
何かを踏んづけたことがわかりました。

見ると、それは青いゴム草履でした。
突然の違和感で飛び上がって足下を見ると、
ゴム草履は波打ち際すれすれでぬれている右足と、
僕が踏んづけた左足があって、ちょうど、
歩いたような位置にあった。

なんだか不気味で、有無を言わせず親父を引っ張って、
母親や兄弟たちが待つテントへと戻ったんですね。

で、食事の準備をしていた母が言うんですよ。
「テツオ、泳ぐのはあきらめなさいよ。絶対ダメだからね」と。
僕にしてみれば、もはや泳ぐことなんてどうでもよくなっていたんですが、
その口調が嫌に強いことに親父が何か気づいた感じで。
「どうした?なんかあったのか?」
「それがね、あなたたちが散歩に出たあと、
 キャンプ場の管理の人がこんなものを配っててね」

それははがきより一回り大きいくらいのビラで、
一週間前の日付と、「行方不明」の文字、
それと小学生の男の子の名前と服装が書かれていました。

「赤い浮き輪と青いゴム草履、紺の海水パンツと白いTシャツ」

「台風の次の日にね、いなくなったんだって。まだ見つかってないそうよ」
母は神妙な顔をしましたが、僕と親父はもっと神妙な顔をしていました。
というか、ほぼ絶句です。

男の子の服装の欄の「青いゴム草履」。
イラストまで描いてあって、
まさに、さっき僕が踏んづけたそれなんですよ。

僕はちょっとパニックになってビービー泣き出し、
親父はサンダルを見つけて警察に渡さねばということで、
ほこらの場所に戻ろうとしましたが、
本当か嘘か、どうやってもあの「開けた場所」に
たどり着けなかったそうです。


数週間後、ショックを忘れかけた頃合いで、
他の写真と一緒に、例の24枚撮りフィルムの写真の現像が上がってきた。
これがね、本当に嫌だったんですよ。

フィルムで写真撮ってりゃたまにはあるんですけどね。
もうね、24枚全部がシロっぽい。
しかも、奥に進むにつれて煙のようなモノが濃くなっていくですよ。

で、さらにぞーっとしたんですけどね。
最後に撮った一枚は湖面の写真で、その彼方に、
赤い浮き輪らしきモノが写り込んでいたんですよね。



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