2009.10.30
[ 2.日々 ]
レポート:dotFes 2009 KYOTO《前編》
プレイバック&フラッシュバック
『AR家族会議』家族旅行編 in dotFes 2009 KYOTO
■はじめに
2009年9月、下北沢モナレコードで大成功を収めた『AR家族会議』。
その余韻冷めやらぬうちにブッキングされた
"web界のフジロック"こと「dotFes」への参戦は、
様々な人々に衝撃を与えたり、プレッシャーを与えたり
(主にアテンド役のSCHEMAの2人にですが......)
と、大きな反響を呼んだ。
そして月日はあっという間に過ぎ、
ついにその当日がやってきた!
......という流れで、レポートをはじめさせていただきましょう。
※開催からだいぶ日が経ってしまいましたが、
この暑苦しいテキスト・ドキュメンタリーは、
AR三兄弟+SCHEMAに密着(もしくは居候的に同行)した
コピーライター「Rockaku森田」の
「立ち位置微妙な目線」によって描かれます。
■Are you ready?
AR三兄弟は会場となった京都精華大学に前々日入りし、
コミュニケーションラウンジのど真ん中という、
ある意味「ポールポジション」をゲット。
対してアテンド役のSCHEMA(Shiren社長&84ken専務)の
2人は諸々の不手際が露呈。
前夜祭二次会の居酒屋「ももじろう」にて、
「SCHEMAはなぜ前々日京都入りしてたのに
設営を手伝わなかったのか」会談が持たれ、
「理由が面白かったら許す!」という長男氏の一言で、
絶妙なる"おろおろプレゼンテーション"を展開。
(その間僕はいたたまれなくなり、
そっぽを向いてイカ刺の下に
敷いてある氷を食ってました)
なし崩しに爆笑をとり、事なきを得るという
一幕を経てテンションはだだ下がり。
しかしながらそこは、創設半年あまりで
数々の伝説を生み出してきたSCHEMA。
下がったテンションと海よりも深い反省を
根性でマッシュアップし、朝からいち早く会場入り。
(マッシュアップの使い方は
わざと間違えたんだからね!)
助っ人看板娘「A女史」と、
その後輩「青年T」を応援に加え、
その間をRockaku森田がデジカメ片手に
ウロウロしつつ、ブース設営は急ピッチで進められた。
▼土壇場で制作されたノボリのポール。横の棒はRockaku森田が 拾ってきたボロガサのパーツ。
▼慌ただしく準備を進めるメンバー。気分は文化祭。
そして駄菓子の山とノボリが一際目を引く、
"ちょっと間違った"素晴らしいブースが完成。
ぶっちぎりの「立体感」と「お祭りムード」を放ちつつ、
何とかオープン時刻を迎えるのだった。
▼この写真は長男氏のフリッカーから拝借してます。すいません・・・・

■三兄弟の異常な働きぶり
今回の「dotfes 2009 KYOTO」でのAR三兄弟の活躍は、
正に八面六臂だったと言えるだろう。
会場で流れていたサウンドトラックの制作。
入場パスのマーカーと連動し、
Twitterのつぶやきをリアルタイムに表示させる
ARスクリーンプレイ制作。
▼三兄弟制作の「ド」マーカー入り入場パス。これを使ってAR体験ができる!
...と、いくら文章で書いてもわかりにくいので、
詳しくはAR三兄弟本家のサイトをチェック!
......それらをこなした上でのブース出展と、
スペシャルトーク出演である。
話題にならないハズはない。
ところで、前夜、酔っぱらったAR三兄弟・三男、
オガサワラ氏が居酒屋からそのままお借りしてきた
中ジョッキが、正面のブースに鎮座ましましていたけれど、
それはあまり話題にはならなかった。
■「メメメ!」"AR家族"増殖す!
AR三兄弟のポテンシャルを改めて感じつつ、
SCHEMAチームも大忙し。
賑わうブースで気前よく駄菓子を振る舞いつつ、
AR体験推進にいそしむ。
AR三兄弟の作品を体験した誰もが、
「おおっ!」とか「あぁーっ」とか
「んんん?」とか「ははー!」とか、
「...意味あるんですか?」とか、
「メメメ!」と声を漏らていく。
その反応にいちいち「ニヤリ」としてしまうのは、
SCHEMAやRockaku森田がはじめて
AR三兄弟の術中にはまったときと
全く同じ驚きとよろこびがあったからに
他ならないだろう。
これが"AR家族"誕生の瞬間なのだ。
見る人を「メメメ!」にしてしまうパワー。
それがAR家族会議の魅力に他ならないのである!
...と、力説したいのである。
力説と脱力は文字サイズが小さいと、
一瞬見間違えそうになったりすることもあり得るのだ!
(構築系コピーライターにあるまじきチカラワザで進めます)
あまりに長いので、《中編》につづく!
