最近、仕事をしながら感じ取った「空気感」みたいな話ではあるけれど、
レガシーな意味合いでの広告業界が、
キケンな状況であることはヒシヒシと伝わって来ている。
そして、コピーライターの仕事はもう、
多くは残されていないんじゃないかとさえ思える。
かつての金鉱だった「広告」という山は、
もう、疲弊して、すっからかんに近い状況...なんて言ったら、
言い過ぎだけど、もはや大広告会社の一部の人間くらいしか、
純度の高い金脈を握ることなんて出来ないかも知れない。
じゃあ、名も無き採掘者である多くのコピーライターたちは、
いったいどこへ行くのだろうか。
不況で企業の広告費がカットされているなかで、
中小の制作会社がつぶやくのは、
「景気さえ回復すれば...」なのかも知れないけど、
一度崩壊したものは、景気と関係なく、
元のようには戻らない様な気もする。
や、遠回しな言い方は止めよう。
下がった(下げたとも言うけど)単価はそう簡単にもどらねえっっっっ!
これから先、創立10年くらいの制作会社は、
相当に厳しいのではないだろうか。
10年前の業界を知っていて、
10年前のやり方をベースにしているというのは、
なかなかに厄介だと思う。
現在が異常で、過去が正常。
だからいつか回復する。
今、閑古鳥の声を聞いている制作会社は、
そう信じているだろうけど、どーだろうか。
こちとら、100年に一度の不景気のさなか、海に放り出されて、
ビート板でこぎ出したような人間なので、
「そのうち元に戻る」なん発想がハナから無い。
というか、戻るべき「元」なんて、知りもしない。
出来ることは、とにかくバタ足を続けて、
生き残れる島と交易する手段を模索するだけだ。
おかげさまで、いい島がたくさん見つかって、
ビート板も、ようやっとポンポン船くらいにはなっただろうか。
自分で言うのもなんだけど、調子は悪くない。
で、気づくことは、僕が見つけた島には、
広告を求める人がほとんど無かったということだ。
広告よりももっと手前、根っこの方にある、メッセージをつくる力。
それが、交易のカギであるように思う。
カンヌでオバマのプロモーションチームがチタニウムを受賞したことは、
なんだか、時代をばっさりと物語っている。
いま、コピーライターという技術者が生き残るカギは、
広告という鉱山から離れて、ものを考え直す所にあるような気がする。
ある時はWEBの情報設計に携わり、
ある時はクライアントのセールスマニュアルに関わり、
ある時は経営者直轄の相談役を務め、
ある時はデザイン事務所のストレージとして立ち回る・・・
本気で食えなかった頃、自分の技術の応用と換金のことばっかり考えて来たから、
もはや節操なんてものは持ち合わせていない。
少なくとも、僕はそうしてしか生きられなかったし、
実際、そうして生き延びてきた。
矛盾しているようだけど、「伝える」という職能として、
コピーライターは大きなアドヴァンテージを持っている。
技術としての価値は突出していると言えるし、
他の職種に簡単になめてもらっては困るのだ。
むーん。結果論ではあるけどさ、
無名のコピーライターが広告から離れて、
独自の道を歩めるスキームをつくることが、
Rockakuの通ってきた道だし、今後の展開のカギなんだと思うんですよ。
まだ内緒だけど、1年以上かけて、じっくりと準備してきたことが、
ようやく実を結びそうな状態にあります。
最高に地味で、実は新しい。
コピーライターが生き残る道を、僕はつくりますぜ。
(まとまりの悪い長文だなや)