軽いデータに、重い思い (c)スチャダラパー

ここ数日間殺到した新規案件MTGの合間を縫って、
ようやく完成させたWEBサイトの構成案。
パワポで約30ページ。
でも、たったの77kb。

うん。ちょっと寂しいくらい軽い。
いや、なんだか地球に優しい気もするけど。

考えてみると、ウチの仕事って、
bit単価は相当に高いはず。
まあ、そんなこと考える人、あんまりいねーけどさ。

いやしかし、猛烈に肩こりましたよ。
この資料のプレゼンを終えたら、夕方から築地に出社して、
打ち合わせ→即原稿制作→即日提案という、
楽しいお仕事が2件ほど。

コレ乗り切ったら、明日は簡単な原稿調整作業だけ。
いやさ、コンペのアイデア出しが全然進んでいない。


文字組の教科書は、教科書だった。

うちの彼女さんは最近、
雑誌をつくるDTP制作会社の就職しました。

そこでトッパン印刷の研修を受けたりしているそうです。
また聞きだけど、けっこう興味深い話があったので、
メモっておきます。

トッパンさんの教官曰く、
「美しい文字組みを見たくば、教科書を見よ」
だそうです。

実際、彼女さんと書店に出向き、
山川の世界史Bの教科書を買い求めてみましたが、
うん。たしかにハイクオリティ。

厳密なルールで統制された文字詰め、ルビ、レイアウトは、
言われてみると確かに美麗。
複雑かつ、ボリューミィな内容を美しくまとめていました。

以上、ちょっと勉強になったお話。
「教科書が教科書になる」の一席。
お後がよろしいようで。


夜の液。

精力剤のコピーとかにどうでしょうか。
いや、だめか。
なんだか書きたかっただけですね。
すいません。


架空の壁

「知らない」と言うことは、
マイナス方向でのイマジネーションを刺激する・・・らしい。

現在関わっている現代美術がらみの案件で、
ギャラリスト(美術商)さんとこんな会話になった。

その場にいたのは4人。
ギャラリストとその共同経営者(本業はCD)、
エディターと私だ。


エ「絵の買い方って、ちゃんと説明した方がいいですよね」
ギャ「買い方?」
CD「買い方?」
エ「いや、だって、買ったことないから知りませんもん」
私「確かに」
ギャ「買い方も何も・・・値段聞いてもらって、契約するだけです」
CD「うん。そんだけだね」


私とエディターはちょっと驚いていたのだ。
そこに複雑なやりとりが介在しないことに。


私「紹介状とか、会員制度とか、そういうのはないんですか?」
ギャ「ないよ。ふつうに買うだけ」
abogado.JPGそう。
「知らない」という事が、そこに壁をつくる。
紹介状や、会員制度といった、自分を遠ざける「架空の壁」を。

結局、未知のものには関わらない。
関われないのだから、踏み込まなくていいだろう。

そういった消極的判断の理由を勝手につくってしまうのが人間だったりする。


非常に貴重な示唆を得た気がする。
コピーの、プロモーションの役割は、
要点を主張することだけではないようだ。

まずは、知らせる。
明確に、丁寧に、注意深く、紳士的に。

「架空の壁」は、センセーショナルなフレーズや、
派手なデザインでたたき壊せるものではなく、
まっすぐな言葉で、ふっと、息を吹きかけるように
取り除くしかないからだ。


「次の一手」が思いつかない

何というか、この上なく安定しはじめた今日この頃。
血まみれ泥まみれで走り回っていた頃とは、
スタンスが変わって来ているような気がする。

まあ、心が折れてしまいそうなほどヒマだった頃に比べれば、
全く持って喜ばしいことなのだけれど、
「変化」がなくなると途端に不安になるのは何故だろうか。

一定期間の間に、一定量の案件が発生するスキームは、
当初の思惑を超えて、相当いいかたちになってきている。

でも、なんだか不安だ。
変化がないないんて、フリーで仕事をしている醍醐味半減だ。

パーティー乱入から、飛び込み営業、デザイン事務所行脚・・・
色んな事をやってきたけど、若干頭打ちの感もある。
いやまあ、景気のせいも多少はあるんだろうけどね。

うーん。
そろそろ「次の一手」を打ちたい。
でも、何をするべきなのか。
ちょいとわからなくなりつつある。

まあ、今は目の前の仕事をガシガシやっていくしかないのだろうけど。