2008.09.24
[ 1.つたえるちから ]
攻撃と正論の経済価値
「攻撃と正論には生産性がない」
これが我がへっぽこ事務所の社(?)訓です。
僕はそう肝に銘じて仕事をしています。
だって、敵を増やしたって一銭にもならないし、
相手にも自分にもストレスがたまるだけですもの。
ストレスを与えてくる相手に、
わざわざ仕事と金を用意してくれる人はいません。
これは僕が本来、非常に攻撃的で、
やたらと正論を言いたがり、
人をやりこめる事に快感を
感じてしまう類の人間だから、
「自戒も込めて」という意味もあります。
相手の気持ちや状況を察する努力をせずに、
気分を害してまで成し遂げるべき事は少ないと思います。
同時に、成せることも多くはないはずです。
これは決してキレイ事ではなくて、
小なりとはいえ、ひとつの事業を動かして得た、
数百万円という実利益を伴った「実感」です。
「気づかい」
僕はあらゆる商談、プレゼンでこの言葉を使います。
会社を辞めて、自分のスタイルを追求しはじめて、
最初に手に入れた手がかりが「気づかい」でした。
なぜそのコピーが必要なのか。
なぜこの構成でなければいけないのか。
なぜコンテンツを絞るのか。
なぜこのデザインがそうなるのか。
以前の僕は、その「なぜ?」の中に、
専門的で特別な理論があると信じて疑わず、
闇雲に勉強をしていました。
勉強して、経験を積めば、
「何か特別な法則が手に入る」と思っていたんですね。
しかし、そんなものはとうとう手に入らなかった。
手に入らなかった結果、僕はぼろぼろになって、
コピーライターという仕事さえも放棄しました。
で、己が学んできたことを嫌悪し、
理論をすべて放りだしたときに、
はじめて見えてきたのが「気づかい」でした。
すべては読む人、使う人、享受する人にとって、
「親切であるかどうか」・・・それだけだと思います。
でもそこには、精度の高い「想像力」が必要になります。
「創造」ではなく、あくまでも「想像」です。
相手のことを正確に思い浮かべることから、
すべてがはじまります。
正確に「想像」を進める中で、
相手の喜ばせ方、驚かせ方が生まれてきて、
そこからようやっと「創造」がはじまります。
ぐるっと回って、この作業こそが、
かつての僕が求めていた「特別な理論」に
相当するものだと言うことが、
ようやく見えてきた今日この頃です。
